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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)177号 判決

ドイツ連邦共和国

エシュボルン メルゲンターラーアレー 55-75

原告

ライノタイプーヘル アクチェンゲゼルシャフト

同代表者

ハンス ギュンター ロイファー

同訴訟代理人弁護士

牧野良三

同弁理士

矢野敏雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

小暮与作

峰祐治

奥村寿一

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第11083号事件について平成4年4月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

ドクトルーインジェニエール ルードルフ ヘル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング(住所 ドイツ連邦共和国 D-2300 キール 14、グレンツストラーセ 1-5)は、名称を「網版法の階調値分解方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1980年7月29日(優先権主張1979年7月31日 ドイツ連邦共和国)を国際出願日とする国際特許協力条約に基づく出願をし(昭和55年特許願第501646号)、昭和56年3月30日に特許法184条の5第1項による書面を提出したが、平成2年3月14日拒絶査定を受けたので、同年7月9日審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第11083号事件として審理した結果、平成4年4月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日を附加)、その謄本は同年5月18日上記会社に送達された。

原告は、1991年(平成3年)1月2日付けで上記会社を吸収合併し、平成4年5月12日、その旨を特許庁長官に届け出た。

2  本願発明の特許請求の範囲第1項

原稿及び記録面に走査スクリーン乃至同形の記録スクリーンに相応して走査し、印刷可能な最小な点を記録面の各網目領域に分布するために乱数発生器を使用し、その際印刷可能な点の数がそれぞれ階調値を規定する、製造方法において、

原稿側の各網目領域を精密走査を用いて面要素に分解し、かつ大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめ、かつ記録側の各網目領域も面要素およびサブ面から構成し、かつ記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填し、その結果記録側のサブ面の階調値が走査側のサブ面階調値に対応しかつ記録側の面要素がサブ面の統計的な平均値に対応する階調値を得るようにすることを特徴とする製版方法。(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の特許請求の範囲第1項は前項記載のとおりである。

(2)  「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめ、かつ記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の印刷可能な最小の点を充填する」ことは、まとめられたサブ面がn個の要素面を有する単位面で、階調値がmであるとすれば、n個の要素をもつマトリクスに対し、m個の点を印刷するよう決定することと認められる。しかし、n側が走査の過程で変化しうるものとした場合、〈1〉サブ面の大きさ即ち階調値段数を決める前に、どのように「大体同じ階調値」を判定するのか、〈2〉それらサブ面をどのように隣接するサブ面と隙間を生じないように設定し、かつ、それらに相応のランダムマトリクスを対応させて印刷すべきマトリクスの点を決定しでいくのかは、当業者が容易に実施できる程度に明細書及び図面に記載されておらず、単に、サブ面を予め定められた大きさのマトリクスの集合として設定し、その後、そのサブ面を単位マトリクスに分割し、その分割されたランダムマトリクスとの対応で印刷点を決定することが記載されているのみである。そして、「大体同じ階調値」の判定は、その予め定められた単位マトリクスの面要素に相応して決定されているものと認められる。

したがって、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」過程は、本願発明の必須の構成として記載されているが、それが効果を奏するような技術の裏付けはなく、実際にはその過程を経ずに個々の面要素を夫々一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定することと変わりはないので、本願の明細書及び図面の記載は、発明の目的、構成及び効果の記載において不備であるといわざるを得ない。

以上のとおり、本願は、特許法36条3項及び4項(昭和60年法律第41号により改正されたもの)に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)は争う。

本願明細書には、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめ、かつ記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填する」ことの技術内容について明記されているから、本願の明細書及び図面の記載は、発明の目的、構成及び効果の記載において不備であって、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしていない旨の審決の認定、判断は誤りであり、違法として取り消されるべきである。

(1)〈1〉  まず、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ということは、「単位面アナライザを用いて個々の面要素D1ないしD16をそれぞれの階調値を検査しかつほぼ同じ階調値の面要素をサブ面Da、Db、DcおよびDdにまとめる。」(平成4年2月20日付け手続補正書(甲第8号証)7頁12行ないし15行)ことであるが、これを別紙参考図第1図により具体的に説明すると、次のとおりである。

同第1図に示す網目領域は16個の面要素に分解されているが、座標位置x、yで表される各面要素(面要素をx、yで表すことによりそれぞれの面要素の位置は特定される。)が精密走査され、かつ公知の単位面アナライザにより階調値を検査する。この検査で座標位置(1.1)、(2.1)、(3.1)、(4.1)、(1.2)、(2.2)の各階調値が8であるとすると、この座標値のものを1つのサブ面Daとする。また座標位置(1.3)、(4.2)の各面要素が階調値7とすれば、これらの面要素が1つのサブ面Dbを形成する。

〈2〉  被告は、本願明細書の記載からは、サブ面がどのような構成のものか、サブ面はどの面要素とどのように対応し、どのようにまとめられるかが不明である旨主張する。

しかし、甲第8号証の上記記載、及び本願の第1図から、サブ面とは、本願の第1図に記載の面要素D1ないしD16のうち、ほぼ同じ階調値を有する面要素(マトリクス要素)であるDa、Db、Dc及びDdをいい、サブ面Daは第1図の左側に記載されている網目領域のマトリクス要素D1ないしD6から成る部分マトリクスを、サブ面Dbはマトリクス要素D8とD9とから成る部分マトリクスを、サブ面Dcはマトリクス要素D7とD10とから成る部分マトリクスを、サブ面Ddはマトリクス要素D11ないしD16から成る部分マトリクスをそれぞれ形成するものであることは明らかである。DaないしDdのマトリクス要素の位置は、基準面におけるD1ないしD16の位置をそのままサブ面に移動したものであり、部分マトリクスの形のサブ面を全部組み合わせると基準面全体のマトリクスとなるのである。

なお、サブ面の各要素は座標位置がそれぞれ予め決まっているから、これらを合成してもサブ面間に隙間が生ずることはない。

(2)〈1〉  次に、「記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填する」点であるが、本願の実施例では、各単位面D1ないしD16に対応して3×3のマトリクスを有し、D1ないしD16の全網目領域に対応して12×12=144のマトリクス要素で最小可能な印刷点を充填する場合が開示されている(第1図及び第2図)。

別紙参考図により、サブ面に相応のランダムマトリクスを対応させて印刷すべきマトリクスの点を決定し、印刷点を充填する方法を説明すると次のとおりである。

別紙参考図第1図において、太枠で囲まれた網目領域(基準面)は、(1.1)、(1.2)、・・・(4.4)の座標位置のマトリクス要素が16個の面要素に分解され、それぞれの面要素はさらに25×16=400のマトリクス要素をもつランダムマトリクスを作る。そして、この400のマトリクス要素を階調値8に相当する2値マトリクスで印刷点を割り当てたマトリクスを用いてDaのサブ面に印刷点を充填するのである。

次に、この充填法についてであるが、別紙参考図第2図のマトリクス要素のそれぞれにランダムに数が割り当てられたランダムマトリクスを形成する。したがって、1ないし400のマトリクス要素に1ないし400の数値がランダムに割り当てられる。上記第2図には、サブ面Daに相当するマトリクス要素に対するランダムな数の配置の1例が示されている。階調値8の場合、マトリクス全体の要素に割り当てられた400までの数値のうち、8×16=128までの数値の箇所が2進数の1が割り当てられ、その他の数値の箇所は2進数の0が割り当てられる。そのようにして作られる2値マトリクスのうち、サブ面Daに対応する箇所の2値マトリクスが別紙参考図第3図に示されている。したがって、階調値8のとき、この2進値1の箇所に対応して印刷点を充填する。また、例えばサブ面Daが階調値3とすると、ランダムマトリクス要素1ないし400までの数値のうち、3×16=48までの数値が割り当てられたマトリクス要素の箇所が2進値1となり、その他の箇所が2進値0となる(別紙参考図第4図参照)。

ここで重要なことは、16×25=400のマトリクス要素にランダムに(即ち統計的な分布で)階調値に応じて分散された2値マトリクスが割り当てられ、その2進数1の値のマトリクス要素が印刷点となるということであって、審決がいうように「個々の面要素を夫々一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定する」のではないということである。即ち、面要素、例えばD1とかD2にそれぞれ対応する大きさのランダムマトリクスによって印刷可能な最小点を決めるのではなく、もっと大きなサブ面Daに対応するランダムマトリクスに対応させて印刷すべき点を決定するということである。

もし、大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめることなく、「個々の面要素を予め定められたそれぞれ一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定する」ものとすれば、周期的な構造を生じ、下図のような印刷むら(モアレ)が生ずることになる。

〈省略〉

以上のことは、甲第3号証添付明細書4頁6行ないし16行、同明細書4頁19行ないし21行、甲第8号証8頁1行ないし14行の各記載、及び本願の第1図、第2図の記載から容易に理解できることである。

〈2〉  被告は、甲第3号証添付明細書4頁9行ないし16行の記載を根拠として、本願発明においては、サブ面とは無関係に網目領域全体で印刷可能な点をランダムに決定していると解釈される旨主張している。

しかし、明細書には当該箇所の直前に「印刷可能な最小の点をサブ面に統計的に分布するために」と記載されており、サブ面と無関係に印刷点が決定されているわけではない。サブ面に全体に印刷可能な点を統計的に分布するためには、最小限サブ面が入るランダムマトリクスを対応させなければならないのであるから、このことから、それ以上の大きさのランダムマトリクスを必要とすることは当然である。特許請求の範囲第1項には、「サブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填し」と記載されているのであって、このことは、基準面全体に対応するランダムマトリクスを使っても勿論できることを示しているのである。この場合は、メモリ容量が増加し、高価になるが、本願発明の範囲内に入るのである。

(3)  以上のとおりであるから、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ことが効果を奏するような技術の裏付けがなく、実際には上記過程を経ずに個々の面要素を夫々一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定することに変わりはないので、本願の明細書及び図面の記載は、発明の目的、構成及び効果の記載において不備である旨の審決の認定、判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  本願明細書には、面要素それぞれの階調値段数やランダムマトリクスが25×16=400のマトリクス要素をもつことなどの具体的なことは全く記載されておらず、単に、「ほぼ同じ階調値の面要素をサブ面Da、Db、Dc、Ddにまとめる」とあるのみであるから、明細書の記載からは、サブ面がどのような構成のものか、サブ面はどの面要素とどのように対応し、どのようにまとめられるのか不明である。一方、本願の第1図をみても、単に網かけや斜線の部分があるにすぎないので、網目領域(基準面)の面要素とどのように関係するのか不明である。したがって、上記第1図の網かけ、斜線の部分がどの面要素と対応しているのか理解し難く、特別な配置が決められていると考えることもでき、それはどのようにして決められるのかといった疑問さえ想起されるところである。また、上記第1図にはサブ面が単に4つ記載されているだけであり、階調値とサブ面とは1対1に対応するのか否かも不明であるから、この点からも、どのように「サブ面に大体同じ階調値の要素をまとめる」のか不明である。

よって、明細書の記載に基づけば、サブ面の構成、その機能は不明であるとせざるを得ない。

なお原告は、サブ面間に隙間が生ずることはない旨主張するが、このことは、明細書の記載において不明である。

(2)  原告は、サブ面に相応のランダムマトリクスを対応させて印刷すべきマトリクスの点を決定し、印刷点を充填する方法について、具体的数値に基づいて、あるいは助けられて説明しているが、これらの数値に基づいた説明が明細書には何ら記載されておらず、単に「印刷可能な点をランダムに選定する」とあるのみである。したがって、「相応のランダムマトリクスを対応させて印刷すべきマトリクスの点を決定する」ことが、当業者が容易に理解できる程度に明細書及び図面に記載されていないとした審決の認定、判断に誤りはない。

審決の「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる過程を経ずに個々の面要素を夫々一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定する」とは、個々の面要素のすべてについて一定の大きさのランダムマトリクスと面要素を対応させて、サブ面にまとめる過程を経ずに基準面全体の印刷すべき点を決定することを述べているのであって、原告主張のように、面要素毎に同じパターンのランダムマトリクスを対応させることをいっているのではない。

この点については、明細書に「記録側の網目領域はきちんと納まる印刷可能な点の数を有する相応のマトリクス要素に細分割され、かつ、この種のマトリクス要素に・・・乱数発生器を用いて連続階調値段に相応する数字が対応され、その段に達した際に当該の印刷可能な最小の点を印刷するかまたは印刷しないかについて決定される。」(甲第3号証添付明細書4頁9行ないし16行)と記載され、これはサブ面とは無関係に網目領域全体で印刷可能な点をランダムに決定していると解せられることからもいえることである。更に、ランダムマトリクスの優先順位がサブ面に限らず基準面全体に予め定められていることは、原告の別紙参考図第2図ないし第4図による本願発明の説明においても、例えば、座標位置(1.1)の面要素において優先順位1、2が無いし、サブ面の要素数150を越えた優先順位358等があることから明らかに認識できることであって、サブ面を用いることなしに、印刷すべき点の決定が行えるものである。そして、サブ面を用いないものにおいても、基準面全体として印刷点がランダムに配置され、周期的構造をなくしているのであるから、モアレが発生しないことは明らかである。そうすると、「サブ面にまとめる」ことの意味が不明といわざるを得ない。

結局、モアレの発生を除く効果は、「大体同じ階調値の面要素をサブ面にまとめる」か否かにかかわらず生ずるものであり、「大体同じ階調値の面要素をサブ面にまとめる」ことの効果とはいえない。したがって、審決がこの点の効果において明細書の記載を不備としたことに誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲第1項)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  明細書記載の本願発明の目的、効果等

甲第3号証(本願発明の願書)によれば、本願発明は、「原稿および記録面を走査スクリーン乃至同形の記録スクリーンに相応して走査し、印刷可能な最小の点を記録面の各網目領域に分布するために乱数発生器を使用し、その際印刷可能な点の数がそれぞれの階調値を規定する、製版方法に関する。」(同号証添付明細書1頁4行ないし8行)ものであることが認められ、本願明細書には、本願発明の目的、効果について、「多色印刷では部分画像が重刷される。その際規則的なスクリーンを使用する場合網点は規則的に交互に相隣接してまたは重なって位置することになり、この結果規則的なパターンが認められる。このパターンの大きさは、使用のスクリーンのスクリーン線数および角度差によって決められる。このパターンはモアレと称される。・・・最適な角度差でも、残像モアレ、所謂“彩紋”が依然としてのこる。・・・ところで専門誌“RCA-Review”(1970年、Vo1.31、No.3、第517乃至第533頁)において、乱数発生器を用いて網目領域面を階調値に相応する数の、印刷可能な最小の同じ大きさの点から構成する方法が示されている。即ち上記”RCA-Review”(第2頁第25行)には、網目内に1つの網点が存在するのではなくて網点を分割し、この網目内の複数の網点によって面隠ぺいする方法が記載されている。印刷可能な最小の点は、普通の大きさの網目領域の面を約4乃至8%隠ぺいする。即ちこの面には、この種の露光すべき印刷可能な最小の点を最大で25収納することができる。その結果この場合には25段階の階調値のみ可能である。しかし高級な再現のためにはこれでは不十分である。というのは再現された画像内の階調値の境目の所で階調値ジャンプが生じるからである。この方法にはその他に、階調値が高い場合網目領域内で空いている最小の面を十分に大きく保持できず、この結果インキがその面にも流れ込むという欠点を有する。その際このために有効な階調値の段階が更に低減されることになる。」(甲第5号証(平成1年9月28日付け手続補正書)3頁16行ないし5頁末行)、「本発明の課題は、網版法の階調値分解方法を、上記の欠点が回避されるように改良することである。」(甲第3号証添付明細書3頁21行、22行)、「例えば101のグレー階調を表すためには単位面は100の要素面を有さなければならない。他方で細かなディテールの再生には、比較的小さな大きさの単位面にすると有利である。本発明の方法は、両方の可能性を許容するものである。」(甲第8号証(平成4年2月20日付け手続補正書)14頁1行ないし6行)、「本発明の方法の重要な利点は、m番目のグレー階調の発生のために必要であるm個の印刷点の、単位面内での分布が、点の非識別性のために制限を受けないという点にある。したがってスクリーンを回転しない場合にもモアレは基本的に回避される。」(同号証15頁14行ないし19行)と記載されていることが認められる。

3  取消事由に対する判断

(1)  特許請求の範囲第1項に記載のとおり、本願発明においては、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ことが必須の要件となっており、本願明細書には、「原稿を光電走査しかつ走査によって得られた濃度値によって記録を制御し、その際記録は記録乃至基準面内にランダムに配置される印刷点を用いて行なわれかつ原稿の走査は所望のディテール分解を考慮した個別的要素において行なわれ、1走査領域の面要素を1つの基準面にまとめ、1基準面の面要素の階調値を相互に比較し、大体同じ濃度値を有する面要素を基準面の部分領域にまとめかつ記憶し、」(甲第3号証添付明細書4頁19行ないし5頁2行)、「第1図(注 別紙図面参照)において原稿側の走査に対する単位面と称される領域は、先に説明した単位面に相当する個々の面要素D1ないしD16のマトリクスに分割される。・・・単位面アナライザを用いて個々の面要素D1ないしD16をそれぞれの階調値を検査しかつほぼ同じ階調値の面要素をサブ面Da、Db、DcおよびDdにまとめる。第1図から明らかなように、部分マトリクスの形のこれらのサブ面を組合せることにより基準面の全体のマトリクスとなる。」(甲第8号証7頁7行ないし18行)と記載されていることが認められる。

(2)  上記のとおり本願発明は、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ことを必須の要件とし、更に、「記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填し、その結果記録側のサブ面の階調値が走査側のサブ面階調値に対応」(特許請求の範囲第1項)することを要件とするものである以上、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ことの技術的な意義が明らかにされなければならないことはいうまでもない。そして、この技術的意義があるといえるためには、記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填することについて、大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめることが有効に利用されていることが必要であるというべきである。

そこで、本願明細書には、記録側においてサブ面に統計的な分布で相応の数の、印刷可能な最小の点を充填することについて、大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめることが有効に利用されていることが記載されているか否かについて検討する。

本願明細書には、上記(1)に認定の記載のほか、「有利には、原稿側において各網目領域は所望のディテール分解に相応して面要素に分解される。更にこの方法の有利な実施例は次の通りである。即ち印刷可能な最小の点をサブ面に統計的に分布するために記録側の網目領域はきちんと納まる印刷可能な点の数を有する相応のマトリクス要素に細分割され、かつこの種のマトリクス要素に(場合に応じて連続的に形を変えながら繰返されて)乱数発生器を用いて連続階調値段に相応する数字が対応され、その段に達した際に当該の印刷可能な最小の点を印刷するかまたは印刷しないかについて決定される。」(甲第3号証添付明細書4頁6行ないし16行)、「n×m個の要素から成るランダムマトリクスを形成し、その際マトリクス素子の数は少なくとも、再現の際に使用される濃度段の数に相応し、またマトリクスの要素に、マトリクス素子の数より小さいかまたは等しい数値を対応せしめかつこの数値を素子に公知のようにランダムに対応せしめ、記憶された部分領域の濃度値をマトリクスの数値と比較し、その際各部分領域に対して1つの2値マトリクスを生ぜしめ、このマトリクスにおいて部分領域内にあってかつその濃度値がランダムマトリクスの数値より小さいかまたは等しい要素を特徴付け、部分領域の2値マトリクスをまとめることによって基準面に対して印刷マトリクスを形成し、かつ印刷点の記録を公知のように印刷マトリクスによって制御する。」(同明細書5頁3行ないし16行)、「これらの部分マトリクスからそれぞれ、後で第2図に基づいて説明する部分印刷マトリクスTDMa、TDMb、TDMcおよびTDMdが形成される。これら部分印刷マトリクスTDMaないしTDMdの大きさはサブ面DaないしDdに相応しかっこれら部分印刷マトリクスは統計学的分布をした小さな印刷可能な点を含んでおり、これらの点が全体でそれぞれの階調値を表わす。部分印刷マトリクスはこの目的のために行および列に従って分割されており、その際この分割は、それぞれの印刷要素がまだ印刷可能である点の大きさに相応するような細かさでなされている。点の、これらの要素への分配、即ちこの種の要素において点が印刷されるべきか否かについての情報は、後で説明するように、ランダム発生器を用いて行われる。」(甲第8号証7頁18行ないし8頁14行)とそれぞれ記載されていることが認められ、これらの記載と、本願の第1図、第2図の記載から、当業者は、各面要素の階調値の検査方法、サブ面は大体同じ階調値の面要素をまとめた部分領域であること、部分印刷マトリクスの大きさは大体同じ階調値の面要素をまとめた部分領域(サブ面)に相応するものであること、部分印刷マトリクスは統計学的な分布をした小さな印刷可能な点を含んでいること、これらの印刷点が全部でそれぞれ階調値を表すことから、部分印刷マトリクス中において、階調値に対応する印刷点を何個充填すべきかということ、以上の事項は理解できることと認められる。

しかし、問題は、印刷点を充填するについて、どのようなパターンで充填するか(印刷点をどのように決定するか)、その際にサブ面がどのように利用されているかということであるから、明細書及び図面の記載に基づいて、更にこの点について検討することとする。

本願明細書には、「第3図には、単位面のマトリクスの各要素にそれぞれに固有の優先順位が割当てられるように、単位面のマトリクスを配列する優先順位発生器が示されている。このようにしてn個の異なった優先順位を有する、n個の要素から成る優先順位マトリクスが生じる。この単位マトリクス乃至優先順位マトリクスは、1つの網目領域、従って基準面内の1つの面要素に相応し、マトリクスの各要素は印刷可能な各点に相応している。この優先順位はランダムにまたは前以て決められた規則に従って選定することができる。」(甲第8号証11頁14行ないし12頁5行)と記載されており、この記載と本願の第3図(単位基準面の単位マトリクスから単位優先順位マトリクスを形成する方法を示す略図)によれば、本願発明における優先順位マトリクスは、1つの網目領域、したがって、基準面内の1つの面要素に相応し、マトリクスの各要素は印刷可能な各点に相応するものとして、また、乱数は、優先順位マトリクスに対応して、その印刷可能な各点に相応した各要素にランダムに割り当てることができるものとして説明されていることが認められる。また、「第4図に示すように計算機は、既存の優先順位マトリクスXから所望のグレー階調mに相応して印刷マトリクスにおけるm個の異なった要素を特徴付ける優先順位計算機も含むことができる。この特徴付けは、前以て決められた、例えばプログラミング可能な規則に従って行うことができる。その際の規則は、乱数発生器によって発生されるランダムな順番または前以て決められた順番で行われる。」(同号証12頁16行ないし13頁4行)との記載、及び第4図(優先順位マトリクスから単位印刷マトリクスを得る方法を示す略図)によれば、マトリクスの各要素の優先順位に従って印刷点が決定されているものと理解することができる。更に、本願の第5図(既存の単位印刷マトリクスから新しい単位印刷マトリクスを形成する方法を示す略図)について、「第5図には、計算機が位置計算機も含むことができることが示されている。その際位置計算機は既存の印刷マトリクスの要素の位置を、前以て決められた変更規則に従って、しかし乱数発生器が発生することができるランダムな順番でまたは所定の順番で交換する。」(同号証13頁5行ないし10行)と、既存の単位印刷マトリクスを新しい単位印刷マトリクスに変換することが記載されているが、第5図においても、その単位としている大きさは、優先順位マトリクス、したがって、基準面内の1つの面要素に相応するものであることが認められる。

そして、上記の基準面内の1つの面要素(4×4のマトリクスの全体)が、本願の第1図の面要素(D1ないしD16)に対応するものであることは明らかである。

本願明細書の上記各記載、及び第3図ないし第5図によれば、本願発明において、数値がランダムに割り当てられる単位は、1つの網目領域(基準面)内の1つの面要素(D1ないしD16)であることは明らかであり、大体同じ階調値の面要素がサブ面にまとめられた後も、印刷点の充填については、面要素を単位として決定されているものと解されるのである。

そうとすると、大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめることが、印刷点を充填することについて有効に利用されているとはいえず、その技術的意義は不明といわざるを得ない。

したがって、「単に、サブ面を予め定められた大きさのマトリクスの集合として設定し、その後、そのサブ面を単位マトリクスに分割し、その分割されたランダムマトリクスとの対応で印刷点を決定することが記載されているのみである。」とした審決の認定、判断に誤りはないものというべきである。

(3)  原告は、本願発明においては、個々の面要素をそれぞれ一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定するのではなく、もっと大きなサブ面に対応するランダムマトリクスに対応させて印刷すべき点を決定するものである旨主張するが、上記(2)に説示した理由により採用することができない。

ちなみに原告は、別紙参考図第2図ないし第4図に基づいて本願発明における印刷点の充填法を説明しているが、仮に、サブ面を単位として印刷点を決定しているというのであれば、サブ面Daに相当する6個の面要素に割り当てられる数値は、1ないし150(25×6)の範囲内でなければならないのに、同第2図に記載のとおり1ないし400の範囲の数値が割り当てられている。要するに、原告の説明によれば、乱数発生の単位を面要素ではなく、基準面にしたということであって、サブ面単位で印刷点を決定しているといえるものではない。そして、原告が別紙参考図に基づいて主張している、印刷点をどのように決定するかという点は、サブ面を用いることなしに可能である。即ち、大体同じ階調値の面要素をサブ面にまとめる工程を経ることなく、乱数を基準面全体に割り当てた場合であっても、各面要素に参考図第2図に示された乱数と全く同じ乱数を割り当てることが可能であり、階調値に相応する数の印刷点を充填するようにすればよいからである。このようにサブ面を用いないものにおいても、基準面全体として印刷点がランダムに配置され、周期的構造をなくしているのであるから、この場合にもモアレが発生しないことは明らかである。

結局、原告の別紙参考図に基づく主張によっても、サブ面を用いることの技術的意義が明らかであるとはいえない。

また原告は、本願明細書に「印刷可能な最小の点をサブ面に統計的に分布するために」(甲第3号証添付明細書4頁8行、9行)と記載されていることから、最小限サブ面が入る大きさ以上の大きさのランダムマトリクスが必要である旨、また、特許請求の範囲第1項に「サブ面に統計的な分布で相応の数の印刷可能な最小の点を充填し」と記載されていることから、基準面全体に対応するランダムマトリクスを使うことも可能である旨主張するが、上記各主張は、本願発明における必須の要件である「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ことの技術的意義とは何ら関係のないものであり、上記意義を明らかにするものでもない。

更に原告は、もし、大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめることなく、「個々の面要素を予め定められたそれぞれ一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定する」ものとすれば、請求の原因4(2)〈1〉記載のような印刷むら(モアレ)が生ずることになる旨主張する。

請求の原因4(2)〈1〉記載のように同じ連続パターンで印刷点が決定されるならば、モアレが生じることになるものと考えられるが、審決のいう「個々の面要素を夫々一定の大きさのランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定する」というのは、上記のような態様のパターンを指すものでないことは明らかであり、また、前記(2)において認定したとおり、本願発明においては、印刷点の充填が面要素を単位としてランダムに決定されていて、上記のような態様のパターンは生じないものであるから、原告の上記主張はその前提において失当である。

(4)  以上のとおり、本願明細書及び図面の記載においては、印刷点の充填について面要素を単位として決定されており、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」ことの技術的意義が明らかであるとはいえないから、「大体同じ階調値の要素をサブ面にまとめる」過程については、それが効果を奏するような技術の裏付けはなく、実際にはその過程を経ずに個々の面要素を夫々一定のランダムマトリクスと対応させて印刷すべき点を決定することと変わりはないので、本願の明細書及び図面の記載は、発明の目的、構成及び効果の記載において不備であるとした審決の認定、判断に誤りはなく、取消事由は理由がないものというべきである。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙参考図

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面

〈省略〉

第3図

〈省略〉

第4図

〈省略〉

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